「エレンコス(ソクラティック・メソッド)」は、対話を通じて相手の主張や定義を問い直し、矛盾や曖昧さを浮き彫りにする手法です。大まかにいえば、「定義を問い、矛盾を指摘し、相手(あるいは自分)が自分の無知を自覚していく」流れがポイントになります。これをLLM(大規模言語モデル)上で“マスターする”ためには、以下の3ステップが考えられます。
1. エレンコスの構造を理解する
まずはエレンコスがどのようなプロセスで成り立っているかを整理しましょう。
- ステップ1:主張・定義の引き出し
対話相手に「あなたは何を言いたいのか」「それはどういう意味か」を問い、明確にさせる。 - ステップ2:問い返しによる吟味
その主張・定義が内包する仮定や前提条件を細かくチェックする。矛盾や曖昧さはないかを質問を通じて探る。 - ステップ3:矛盾や不十分さの発見
もし矛盾や定義の不備があれば、再定義を促す。必要に応じて、さらに新しい問いを立てる。 - ステップ4:新たな理解や仮説の提示
前提や定義を修正しながら、より明確な主張や定義に近づく。決定的な答えに到達しなくても、思考が深まるプロセス自体が重要。
この流れを自分で実践できるようになることが「エレンコスをマスターする」ことの第一歩です。
2. LLMへの指示・プロンプト設計
LLMを使ってエレンコスの練習をしたい場合、プロンプトの設計 が肝心です。エレンコスの目的は「定義や主張を問い直し、矛盾を洗い出すこと」ですから、LLMには「問い返し」を強調する指示が必要になります。
A. 対話モードでLLMに「ソクラテス役」を与える
LLMに「あなたは私の主張に対してソクラテス的な質問者として働いてください」という指示を与え、以下のようなリクエストをするとよいでしょう。
例:プロンプト
「あなたはソクラテスのように、私の主張に対して問い返しを行い、矛盾点や曖昧な箇所を指摘してください。私は○○に関してこう考えています。(主張を提示)。あなたは以下のルールに従って対話してください。
- 私の発言に含まれる定義・前提を細かく尋ねる。
- 矛盾や論理の飛躍があればそれを率直に示す。
- より明確な定義を得るための質問を続ける。
- 決定的な結論に至らなくても、私が自分の思考をより正確に言語化できるように助けてほしい。」
こうすることで、LLMは(できるだけ)ソクラテス的にあなたの主張を掘り下げて質問し、矛盾を示してくれるはずです。
B. LLMを自分の「メタ認知の相棒」にする
エレンコスの核心は「無知の自覚」ですが、しばしば自分ひとりで考えていると盲点や自己正当化が生まれやすいもの。LLMを使って自分の主張や思考プロセスを客観的に見直す際は、下記のように促すことが有効です。
例:プロンプト
「私は今、○○に関する意見をもっています。私の意見をまず整理しますので、そこに含まれる前提・定義を改めてリストアップし、可能な限りソクラテス的に質問してください。私が見落としている前提があれば、そこも指摘してください。」
このような指示を与えると、LLMはあなたのテキストから前提条件を拾い出し、点検すべきポイントを洗い出してくれます。
3. エレンコスの反復・学習サイクル
LLM上でエレンコスの練習をするなら、対話を反復し、自分なりに学習サイクルを回すのが重要です。
- まず自分の主張をまとめる
テーマを決め、自分の考えを可能な範囲で整理する。「何を言いたいのか」「どう定義しているか」を明確に文章化する。 - LLMに問い返しをしてもらう
「○○について、矛盾や不十分な部分はないか?」「もっと深く考えるためにはどんな問いが必要か?」を尋ねる。 - 指摘をもとに再定義する
LLMの問いに答えつつ、自分の主張を洗練させる。足りない前提や曖昧な用語を修正する。 - 再度チェックする
新たに書き直した主張を提示し、さらに矛盾や不足がないかをLLMに聞く。このプロセスを繰り返す。
このように何度も回していくことで、「エレンコスを使って自分や他者の主張を吟味する」手法自体が身についてきます。慣れてきたら、LLMを相手にするだけでなく、実際に身近な人とディスカッションしながら補完していくとより効果的です。
補足:限界と注意点
- LLMの回答の正確性
LLMは時折、事実誤認や不十分な推論を行うことがあります。重要なのは、「LLMが言っていることが常に正しいとは限らない」という前提のもと、むしろ「矛盾があれば自分で見抜く」ようにすることです。エレンコスをマスターする上で、自分の頭で批判的に考える姿勢が必要になります。 - 対話ログの管理
長い対話を続けると、モデルが初期の主張や前提を忘れることがあります。必要に応じて要点をまとめた要約を随時提示し、LLMに再確認させることで、より一貫性のある対話を実現できます。
まとめ
- エレンコス(ソクラティック・メソッド) の構造を理解する。
- LLMへの指示(プロンプト) では、「ソクラテスのように矛盾点や定義の不備を問い直す役割」を担わせることを明確に伝える。
- 質問と回答を反復し、主張の再定義と点検を繰り返す。
- LLMの応答を鵜呑みにせず、批判的思考を常に働かせる。
これらのステップを意識しながらLLMと対話を重ねることで、エレンコスの実践と理解を深めることができます。いずれにせよ、最終的には「LLMとの問答を通じて自分の曖昧な前提や矛盾を認識し、より明確な考えを確立する」ことがゴールです。ぜひ試してみてください。
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